屋根神様
左の屋根神様は、2008.6のお祭り後、程なくしてこの建物と共に取り壊されました

屋根神様

そもそもどうして家屋の屋根に神様が祀られるようになったのでしょうか。
時期的には、幕末頃から祀られ始め、明治から昭和前期にかけて多く祀られ、第二次大戦の頃は軍人の出征にあたっては、屋根神様の前で戦勝祈願や武運長久を祈願したところもある。

屋根神様は古い木造の二階の庇の下などに祀られ、尾張地方に多く点在しており、小牧市や清須市などにも見受けられますが、その多くは名古屋の西区の各所にあります。 熱田神社津島神社・秋葉神社の三柱の組み合わせで祀られていることが多いといえそうです。

単位と場所・目的

屋根神様は、町内や組、長屋などをひとつの単位として1ヵ所に祀り、疫病退散・火災除け・病気平癒・商売繁盛・交通安全などをその単位で祈願します。今日では、屋根神様が設置された家屋の立て直しや取り壊しでだんだんと姿を消しています。
ところで、高山市でも家屋の二階の庇の下や軒先に祠が祀られてりしています。秋葉様と呼ばれていて、尾張の屋根神様の影響を受けたものではないかといわれています。

美濃街道

美濃街道は、美濃路ともいわれ、熱田の宿に始まり、岐阜県の垂井の宿までをいいます。中山道の脇街道として栄え、屋根神様もその一部に見受けられます。近年は、家屋の建て替えや、屋根神様の所有形態にも変化が見られ、かなり少なくなっているようです。

屋根神様のいわれ

一休庵は、2007年度の愛知県事業、商店街活性化事業を活用して作られたようです。その上に屋根神様が・・・。どこかから移されたのでしょうか。それとも、以前からあるのでしょうか。それにしても、御利益はあるの?!

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